女性の政治参加 〔国連・政治・報道〕

近代民主主義は、国民主権を基本としているが、初めは男性の参政権を認めただけであり、女性が男性と平等に参政権を認められたのはずっと後のことであった。

最初の女性参政権の要求は、フランス革命に参加したグージュたちによる「女権宣言」であったが、フランスでこれが実現したのは第二次世界大戦中の1944年である。

アメリカでは、植民地時代に九つの州で女性の選挙権が制限付きながら認められていたが、独立後その権利が奪われ、19世紀に入ってから奴隷解放運動とともに女性参政権運動が始まり、1869年にワイオミング準州で世界最初の女性参政権が実現し、1920年には全国で実現するに至った。

日本では、明治初期の自由民権運動、明治後期の社会主義運動、大正期から昭和初期にかけての女性運動などにおいて婦人参政権獲得運動が行われたが、目標が達成されたのは第二次世界大戦後の1945年12月であった。

翌46年4月10日の総選挙において女性の参政権が初めて行使され、これを記念して4月10日が「婦人の日」、16日までが「婦人週間」とされ、49年から実施された。

なお、実施から50年目にあたる98年、「婦人週間」は「女性週間」に改められた。国連は、1952年女性参政権条約を採択し、今日ではほとんどの国で女性参政権が実現している。

しかし、女性の政治参加は、各国とも、男性に比べて著しく立ち後れている。女性は、選挙の投票率は高いが、議員・首長の立候補者や当選者の比率はまだ低い。政府の閣僚も女性の比率は低い。

このため、女性の「政策決定への参加」の推進が今後の重要な課題である。

日本の国内行動計画では、女性の政策決定参加促進対策として、国の審議会などの委員に女性を登用する、公務員における女性の採用・登用を拡大するなどの方針がとられている。

地方自治体でも同じような方針がとられている。

しかし、適任者が不足しており、女性自身の積極的な政治・行政への参加活動と能力開発が望まれる。
update:2010年02月23日